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「業界別CO2削減目標の非現実性:達成不可能と知りながら公表する理由」

私の経験なんですが、ある大手製造業のサプライチェーン改革プロジェクトで調達コンサルタントとして関わった際のことです。クライアント企業は業界内でも先駆的に「2030年までにサプライチェーン全体でCO2排出量50%削減」という野心的な目標を掲げていました。私たちチームは現状分析のため、主要サプライヤー20社以上を訪問し、CO2排出量の現状と削減可能性について詳細な調査を行いました。結果は衝撃的でした。最新技術を全面導入し、莫大な設備投資を行ったとしても、現実的に達成できる削減率は30%程度が限界だったのです。この調査結果を持って経営陣に報告したところ、ある役員から意外な返答がありました。「我々は最初からその数字が非現実的だと理解していた。しかし業界のリーダーとして高い目標を掲げなければ、市場での評価も、社内の意識改革も進まない」と。その瞬間、私は企業のサステナビリティ目標設定の裏側にある現実と理想のギャップを目の当たりにしました。

この経験は決して特殊なケースではありません。多くの業界で、達成困難とわかっていながらも野心的なCO2削減目標が次々と発表されています。特に製造業、エネルギー、運輸、化学などのセクターでは、業界全体で「カーボンニュートラル」や「ネットゼロエミッション」といった目標が掲げられていますが、その実現可能性については社内でも懐疑的な声が少なくありません。では、なぜ企業や業界団体は達成困難な目標をあえて公表するのでしょうか。

第一の理由は、ステークホルダーからの圧力です。投資家、特にESG投資を重視する機関投資家は、企業に対して明確な脱炭素戦略の提示を求めています。また、消費者、特にミレニアル世代やZ世代は環境問題に対する意識が高く、企業の環境への取り組みを購買決定の重要な要素としています。さらに、各国政府や国際機関による規制強化の流れも、企業に野心的な目標設定を促しています。こうした外部からの圧力に応えるため、企業は達成可能性よりも目標の野心性を優先せざるを得ない状況があります。

第二の理由は、競争優位性の確保です。同業他社が次々と野心的な環境目標を発表する中、控えめな目標を掲げることは市場での競争力低下につながりかねません。特に、環境先進企業としてのブランディングを重視する企業にとって、業界平均を上回る目標設定は戦略的に重要です。結果として、業界内で目標の「インフレーション」が生じ、各社が現実離れした数字を競うように発表する状況が生まれています。

第三に、組織内のモチベーション向上という側面もあります。高い目標を掲げることで、社内のイノベーション創出や意識改革を促進する効果が期待できます。「ストレッチゴール」として非現実的な目標を設定することで、従来の発想や方法にとらわれない新たな解決策を模索する動きが生まれるという考え方です。

しかし、こうした「知りながらの非現実的目標設定」には深刻な問題も潜んでいます。最も懸念されるのは信頼性の喪失です。目標が達成できないことが明らかになった時点で、企業の環境への取り組み全体が疑問視される恐れがあります。また、実現可能性を無視した目標設定は、経営資源の非効率な配分や、現場担当者のモチベーション低下につながる可能性もあります。さらに、社会全体として見れば、達成困難な目標の氾濫は気候変動対策の実効性に対する懐疑論を助長しかねません。

では、この問題にどう対処すべきでしょうか。私は次のようなアプローチを提案します。

まず、「二層構造の目標設定」を導入することです。具体的には、科学的根拠に基づいた確実に達成可能な「コミットメント目標」と、技術革新や外部環境の変化を前提とした「アスピレーション目標」を明確に区別して設定します。例えば、「2030年までに30%削減(コミットメント)、技術革新により最大50%削減を目指す(アスピレーション)」といった形です。この二層構造により、現実性と野心性の両立が可能になります。

次に、目標設定のプロセスの透明化です。目標設定の根拠となるデータや前提条件、不確実性の要素などを積極的に開示することで、ステークホルダーの理解を促進できます。特に、目標達成のための具体的なロードマップや、進捗状況の定期的な報告は信頼性向上に不可欠です。

さらに、業界横断的な協働の強化も重要です。単一企業では解決困難な構造的な課題に対しては、業界団体や政府、研究機関を含めたエコシステム全体での取り組みが必要です。共通の評価基準や目標設定方法の確立は、不毛な「目標インフレ」を防ぐ効果も期待できます。

最後に、失敗を認め、軌道修正する勇気も必要です。当初の目標が非現実的だと判明した場合、それを隠すのではなく、透明性をもって目標を修正し、その理由を説明することが長期的な信頼構築につながります。

私自身、この問題に向き合う中で多くの学びがありました。特に印象的だったのは、ある食品メーカーの環境担当役員の言葉です。「我々が目指すべきは、美しい数字ではなく、実効性のある変化だ」と。確かに、華々しい発表よりも、地道な積み重ねの方が真の変革をもたらすのかもしれません。

夕方のオフィスで資料を整理していると、窓の外で夕焼けが美しく空を染めていました。自然の美しさを目の当たりにすると、私たちの仕事の本質を考えずにはいられません。数字や目標の先にあるのは、この美しい地球を守るという願いです。時に厳しい現実と理想の間で揺れ動きながらも、一歩一歩前に進む。それが企業として、そして一人の人間として大切なことなのではないでしょうか。明日からのコンサルティングでも、クライアントと共に現実的かつ意義ある目標設定のお手伝いができれば、と思いながら、私はパソコンの電源を落としました。

ところで最後に、何度も夜を徹して試行錯誤した、私の苦労の結晶、ブックレット『The調達2025』 を紹介します。驚くほどの反響で、調達部員の教科書になっているようです。ダウンロードお願いします。

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